人生という時間をどのように使うかは各個人によって様々です。

もちろん迷惑なことをしない限りなにをやっても誰も文句は言う資格はありません。

しかし・・・

[icon image=”check1-r”]一日中ボケーっと外を眺めていても1日は過ぎていきます
[icon image=”check1-r”]一日中ゲームをしていても1日は過ぎていきます
[icon image=”check1-r”]一日中やりたくない仕事をしていても1日は過ぎていきます
[icon image=”check1-r”]一日中つまらないテレビばっかり見ていても1日は過ぎていきます
[icon image=”check1-r”]一日中無駄に食べていても1日は過ぎていきます
[icon image=”check1-r”]一日中スポーツに熱中しすぎていても1日は過ぎていきます
[icon image=”check1-r”]一日中楽しいことばかりしていても1日は過ぎていきます
[icon image=”check1-r”]一日中いつまでも寝ていても1日は過ぎていきます
[icon image=”check1-r”]一日中マンガを読んでいても1日は過ぎていきます
[icon image=”check1-r”]一日中、何をしていても 1日は過ぎていくんです

全ての人に同じ1日が割り当てられています。

その一日は本当に自分にとって価値のある 1日だったのでしょうか?

そしてその後の1日が、同じように価値のあるものになるのでしょうか?

東日本大震災の教訓より当時の様子を再現します

あなたは、この先の未来のことを真剣に考えてみたことはありますか?

先日、東日本大震災から4年が経ちましたが、
人によっては早く感じる人もいれば
まだ4年しか経っていないと思う人もいるかと思います。

最近、愛媛の方やあちらこちらでも震度5とか6とか、大きな地震が起きているようです。

幸い津波は起きてないようですが、
もしも東日本大震災の時と同じように10mの津波が来たとしたら・・・

いくら今防災意識を持っていても、いくらかは防げるかもしれませんが
同じようなことが起こると思いますよ。

特に心配なのは、沿岸地域です。

震災がおきたら当然パニックになります。

お年寄りは早く避難なんてできません。

お年寄りを誘導したりしているうちに、若者が津波の被害にあったりします。

10mの津波なんてきたらホント今まで築き上げてきた人生が
一瞬で海の中に引きずりこまれていくような恐怖を感じます。

巨大な地震が発生すると最悪の場合、電気、ガス、水道の
ライフラインはしばらく全部止まります。

東日本大震災の時、被災地は1ヶ月以上そんな生活が続きました。

今まで普通にできていたことが普通ではなくなるのです。

この時、便利になりすぎたことに危機感を感じるかもしれません。

携帯もスマホも一切使えなくなります。

携帯やスマホが一切使えないのは全然まだいいほうで、
食料がなくなったりする恐れは十分にあります。

東日本大震災の時は一斉に食料のあるところにハイエナが群がるように
電気のつかない薄暗いスーパーの店内に溢れ、ひとつのパンを取り合いです。

生活に全く関係ないガムシロップまで取り合うくらいですから。

レジで会計するのにも手計算なので、4時間待ちとかは普通です。

ガソリンスタンドも止まりますので、空いているスタンドがあれば1日待ってでも並びました。

水もポリタンクやら大きな鍋やら汲めるだけ汲んで行くしかありません。

当時は3月でまだ寒さが厳しい時期で暖房は欠かせません。

しかし電気に頼っていた家庭がほとんどだったのでファンヒーターは使えません。

この時は、電気を使わない昔式のストーブが、灯油があれば役に立ちました。

ストーブも灯油もない家庭はというと毛布にくるまったり、
避難所に行くしかありません。

避難所の生活の大変厳しい状況で、
いわゆる団体生活が始まるわけです。

団体生活が始まると起こり得るのは「ストレス」です。

多くの方たちが「ストレス」を抱えながら
我慢しながら、避難所生活をしなければいけないのです。

東日本大震災当時は電気が使えないので、当然外部との交信は不通です。

だから情報手段がないのでニュースで、何を報道され
どんなことが起こっているかなんて全くわからないのです。

こんなに不安になったことはありません。

震災に関係ないところでは関係ある情報も関係ない情報も
平然と伝えられていることに苛立ちました。

なんで自分がこんな目に遭わなくてはいけないのか・・・とか

震災に遭った人達はみんなそう思っているはずです。

ましてや家族や友人を亡くされた方は
本当にやり場のない気持ちを抱いているはずです。

まだ4年しか経っていませんが、
震災当事者たちはまだまだ震災を引きずっています。

これからも引きずって生きていくことでしょう。

もしも今、電気、ガス、水道のライフライン全部止まったら・・・

もしも今、食料がなくなったら・・・

たぶんあなたはその状況にならないとわからないと思いますが、
もし本当にこのような事態が起こったら・・・

ほとんどの人は平常心ではいられなくなります。

もしもその津波に家族がのまれてしまったら・・・

自分の人生を考える余裕は、そこで途切れるかもしれません。

そんなことを考えると、今何をしなければいけないのか?という
切羽詰った緊張感を持つことが大事だと思うんです。

今、家で1日中ゴロゴロとお菓子を食べながらテレビ見てゲラゲラ笑っていていいのかな?

今、家で1日中ゴロゴロしながらゲームしててもいいのかな?

震災だけでなくてもいいですが、
災難は自分には起こらないから関係ないと安心している、
人生の価値を見いだせないでいる人はあとでつらいことがあると思います。

結局何が言いたいのかと言いますと、

人生を生き抜くために無駄な時間を使って欲しくないんです。

もしかしたら明日死んでしまうかもしれない・・・

もしかしたら家族が明日、この世からいなくなるかもしれない・・・・

そんなことを真剣に考えると、今やっていることが本当に正しいのか?
やらなければならないことはないのか?と我に返るかと思います。

最悪の事態が起きてからでは後悔の気持ちばかりが生まれます。

その時は突然来るかもしれないので、つまらないテレビを見たりゲームをしたり
時間つぶしなどしないで、本当にやりたいことを見つけて
今の時間を大切に使って欲しいのです。

テレビを見たりゲームをしたりすることがいけないとは言ってませんが
もしも時間を潰しているだけだったらこの先の人生のことを考えてみてください。

人生の限られた時間を無駄にしないで有意義に使ってください。